「関空が沈む」
そう聞いて、つい寄り道をしてしまいました。
仰々しいタイトルですが、
今日は相続の話から少し離れて、
100年先を見据えて「託す」仕事をしている人たちの話をさせてください。
飛行機に乗らないのに、空港へ
先日、仕事で大阪へ行く機会がありました。
いつもは新幹線を使うのですが、名古屋と岐阜にも用事があったので、今回は車で回ることにしました。運転が好きな私にとって、長距離ドライブはちょっとした気分転換でもあります。
東京に住む私は、あまり関西国際空港を使う機会がありません。新幹線の方が時間の融通が利くのと時間もさほど変わらないからです。なので、今まで1回使ったかどうか記憶が定かでないくらいです。
飛行機に乗る予定はありません。
それでも、空いた時間に関西国際空港へ立ち寄りました。
なぜかと言うと、
「関空が沈んでいる」と聞いて、本当に沈んでいるのか、この目で確かめてみたくなったのです。
しかし、実際に行ってみると——そこにあったのは、当たり前ですが、拍子抜けするほどいつも通りの空港でした。
スーツケースを引く旅行者。搭乗案内のアナウンス。お土産売り場のにぎわい。
建物の中を一回り歩いてみましたが、床が傾いている気配もなければ、建物がきしむ音もしません。沈んでいる気配なんて、どこにもありませんでした。
でも、帰りの車の中で思ったのです。
この「何も起きていない日常」こそが、誰かが支え続けてきた結果なのだろうと。
きっかけは、娘が見ていた番組表
話は出発の少し前にさかのぼります。
娘がテレビを見ていたとき、ふと番組表に目をやると、関西国際空港の特番が載っていました。
なんとなく気になって、「これ、録画しておいて」と頼んでおいたのです。
番組で紹介されていたのは、完全な人工島の上に造られた海上空港・関西国際空港。
日本が世界に誇る建設技術を結集した、難工事の記録でした。
何気なく軽い気持ちで頼んだ録画です。
それが、こんなに心に残る番組になるとは思っていませんでした。
関空は、沈むことを前提に建てられた空港だったのです!!
関空が抱えている構造的な問題。
それは「地盤沈下」です。
大量の土砂を埋め立てて島をつくる。その島は今も少しずつ沈み続けている。
つまり関空は、最初から「沈みゆく空港」なのです。
陸から離れた海上を埋め立てて、島そのものをつくった空港です。
開港から30年以上たった今も、島はゆっくりと沈下を続けているそうです。
ターミナルビルの約900本の柱にジャッキが備えられ、傾きが出たら持ち上げて高さを調整する仕組みになっています。
定期で測量を行い、沈下が確認された柱を油圧ジャッキで持ち上げ、すき間に板を挟んで高さをそろえる。
空港を使ってない時間にそんな作業が続けられているのでしょう。
私は23年間、不動産の仕事をしてきました。収益物件の建築会社にいたこともあり、建物にとって地盤がどれほど大事かは身にしみています。
だからこそ、「沈まないように建てる」のではなく「沈んでも支え続ける」という発想がすごい。
※関空の構造に関する内容は、番組と公開資料をもとに私なりにまとめたものです。
「自分は生きていないけど」——100年先へ託す仕組み
番組には、この仕組みに関わった3人の方が登場していました。
油圧ジャッキの作業にひそむ危険を指摘し、「人の命を危険にさらさず、900本の柱を同時に持ち上げられる仕組み」の開発を依頼した方。
その依頼に応えて、ジャッキアップシステムを開発した方。課された条件は「100年間動き続けること」でした。
この難工事の現場を率いた方。その娘さんは今、お父さんと同じ建設会社で働いています。
100年。
人の一生よりも長い時間です。
開発担当者の方が、番組の中でこう話していました。
「自分は生きていないけど、後の技術者に託せるシステムを作りたい。」
この一言を聞いたとき、相続の本質はこういう事なんだろうなと感じました。
自分が見届けることのできない未来のために、今、全力で仕事をする。
今年、メインの「イエスの塔」が完成したとニュースで伝えられたスペインのサグラダ・ファミリアも、そういった建築物の一つだと思います。完成を見届けるのは、自分ではなく、まだ会ったこともない次の世代の誰か。
これは、まさに「託す」という仕事そのものだ——私はそう感じました。
父の背中を追って——仕事という”相続”
もうひとつ、心に残った場面があります。
現場監督を務めたお父さんの娘さんが、父の後を追って同じ建設会社に就職し、今も働いているという話です。
お父さんは、娘さんに「この仕事を継げ」と言ったわけではないと思います。
それでも娘さんは、同じ道を選んだ。
きっと、家で見ていたお父さんの姿——
現場の話をするときの表情や、仕事に向き合う背中——そういうものが、言葉よりも先に伝わっていたのではないでしょうか。
その日常は、財産のような目に見えるものではありません。
でも、これも確かに親から子へ手渡されたものです。
相続を、もう少し大きな枠で考えてみる
相続というと、どうしても「財産をどう分けるか」の話になりがちです。
私自身、仕事で向き合うのは、ほとんどがその話です。
でも、今回の番組を見て、事前対策と組織化の重要性を再確認しました。
土地・建物
預貯金・株式
アパートなどの収益物件
仕事への向き合い方
次の世代を思う気持ち
自分がいなくなっても回る仕組み
親子で同じ仕事に就くこと。
自分で作った仕組みを、後の技術者に託すこと。
100年先を見据えて、今日の仕事をすること。
ランドマークとして地図に残る建築の仕事をする皆さまは、日ごろからこのような考えのもと仕事をしているのだろうなと改めて感じました。
建築だけでなく、100年以上続いている医療機関や教育機関、それに加えて老舗旅館や飲食店なども同じように、常に継承を意識して日常を過ごしているから続くのでしょう。
いや、もしかしたら意識などしてなくて、それが当たり前なのかもしれません。
どれも法律上の「相続」ではありません。
けれど、想いを次の世代へ手渡すという意味では、これも立派な相続だ——私はそう思っています。
見えないところで、誰かが支え続けている。
100年先を思う気持ちが、次の世代へ手渡されていく。
大家さんのアパートやマンションも、同じことなのです。
建物は、オーナーが変わっても建ち続けます。修繕も、入居者さんとの関係も、次の世代が引き継いでいくものです。
「自分がいなくなった後も、ちゃんと回るようにしておく」。
相続対策の本当の出発点は、そこにあるのだと私は感じています。
「次の世代へ想いを託す」ということについては、地元・昭島で250年以上続く祭りの話を通して、以前一本の記事にまとめたことがあります。よろしければ合わせて読んでもらえたらうれしいです。
また、「100年続く家」と「2代で失う家」の違いについて書いた記事もあります。100年先を見据えるという視点で、こちらもヒントになると思います。
まとめ——託すものは、財産だけじゃない
「沈む」と聞いて見に行った関空は、拍子抜けするほどいつも通りの空港でした。
でもその日常は、沈むことを前提に、100年先まで見据えて仕組みをつくった人たちに支えられています。
そしてその想いは、後の技術者へ、そして娘さんへと受け継がれています。
相続は、財産を分けて終わりではありません。
何を、誰に、どんな想いで託すのか——そこまで考えて、はじめて次の世代へつながっていくのだと思います。
あなたが100年先に託したいものは、何ですか。
大阪からの帰り道、ハンドルを握りながらこの番組のことを思い出しました。
娘が見ていた番組表から始まった、ちょっとした寄り道。それが、こんなに考えさせられる時間になるとは思いませんでした。
スケールは違えど本質は同じです。託すものは、人ではなく仕組みに残す。人生最後の関所をどうやって通過するか?そのヒントは、関空にあるのかもしれません。
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