遺産分割 × 争族 × 家族のコミュニケーション
親は、そう思っています。
「兄弟なんだから、話せばわかる。」
子どもも、そう思っています。
今日は、なぜ遺産分割で揉めてしまうのか。そして、揉める確率を少しでも下げるために、家族で何ができるのかをお話しします。
遺産分割で揉める家族は、20年で約1.7倍に
はじめに、ひとつ数字をご紹介します。
家族の話し合いで遺産の分け方が決まらず、家庭裁判所に持ち込まれた「遺産分割事件」の件数です。
家庭裁判所の遺産分割事件(新たに受け付けた件数)
(20年前)11,999件
(最新)20,029件
20年で、約1.7倍に増加
※出典:最高裁判所「司法統計年報 家事編」(令和7年)第2表。「遺産の分割に関する処分など」の調停事件と審判事件の新受件数の合計。
2025年は、ついに年間2万件を超えました。
遺産をめぐって家族が争う、いわゆる「争族」。相続トラブルの中でも、いちばん身近で、いちばんこじれやすいのが遺産分割です。
1日あたり50件以上の家族が、裁判所で遺産の分け方を話し合っている計算になります。
しかも、これは裁判所に持ち込まれた件数だけです。手続きは終わったけれど、それ以来きょうだいが顔を合わせなくなった——そんな家族は、この数字には入りません。
不動産の仕事に携わって23年。相続診断士として相続の相談を受けていると、こんな言葉をよく耳にします。
「まさか、兄があんなことを言い出すとは思わなかった。」
「親が生きていたころは、普通に話せていたのに。」
「お金の話になったとたん、知らない人みたいになった。」
そう思っている家族ほど、揉めてしまう——
私はそう感じています。
子どもの頃から、奪い合いはなくならない
私が子どもの頃、喧嘩をするたびに、親から決まって言われた言葉があります。
みなさんも、一度は言われたことがあるのではないでしょうか。あるいは、親になった今、自分が言う側になっているかもしれません。
世間一般で言うと、子どもの喧嘩の多くは「奪い合い」です。
どっちが大きいか。どっちが先に選ぶか。
今、使っているのは誰か。もともと誰のものか。
見たい番組が、同じ時間にかぶってしまう。
お母さんの隣に座るのは誰か。誰の話を先に聞いてもらうか。
大人になると、奪い合う対象が変わるだけです。おやつが預金に、おもちゃが実家やアパートに、母親の取り合いが「親の面倒を見たのは誰か」という評価の取り合いに。
人は、限られたものを分けるとき、どうしても「自分の分」が気になります。それは欲深いからではなく、人として自然なことだと思います。
でも、落としどころはつけられる。
子どもの頃、おやつの奪い合いには、ちゃんと落としどころがありました。親がおやつを半分に割ってくれたり、「今日はお兄ちゃん、明日は妹ね」と順番を決めてくれたり。
ところが、相続のときには——落としどころをつけてくれていた親が、もういません。
「仲良くしなさい」と言ってきた親が、相続で争いの種をまいてしまうことも
親は、子どもたちに仲良くしてほしいと思っています。これは間違いありません。
ところが、相続の現場では、争いのきっかけをつくってしまっているのが親自身だった——ということが、少なくありません。
- 「長男に任せておけば大丈夫」と思っているが、ほかの子どもには伝えていない
- 子どもによって、言っていることが少しずつ違う
- 住宅購入の援助や学費など、生前に渡したお金の差を、ほかの子どもが知らない
- 「言わなくてもわかってくれる」と思い、遺言も書いていない
- 財産の全体像を、誰にも見せていない
どれも、悪気があってのことではありません。むしろ、「子どもに余計な心配をかけたくない」「お金の話で気まずくなりたくない」という、親の優しさや遠慮から生まれていることがほとんどです。
でも、その優しさが、親がいなくなった後に「聞いていない」「そんなはずはない」という形で噴き出してしまう。
子どもの頃は、親がその場にいて、喧嘩をおさめてくれました。相続の喧嘩は、親がいなくなってから始まります。だからこそ、親が元気なうちにしか、親は落としどころをつけてあげられないのです。
遺産分割でいちばん危ないのは「〜だろう」という思い込み
遺産分割が揉める原因をたどっていくと、多くの場合、ひとつの言葉に行き着きます。
「きょうだいで均等に分けるだろう。」
「親の面倒を見たんだから、少し多めにもらえるだろう。」
「父さんは、きっとこう考えていただろう。」
一人ひとりは、自分の「だろう」を当然のことだと思っています。だから、わざわざ確認しない。
ところが、相続が始まって、それぞれの「だろう」を並べてみると、まったく違っている。そこで初めて、「そんな話は聞いていない」とぶつかるのです。
親の「だろう」
- 子どもたちは、わかってくれているだろう
- 長男が継いで、みんなが集まれる場所にしてくれるだろう
- うちの子たちは、揉めたりしないだろう
子どもたちの「だろう」
- (長男)実家は自分が守るものだろう
- (長女)売って、きっちり分けるものだろう
- (次男)介護した分は、考慮してもらえるだろう
誰も間違ったことは思っていません。それぞれに、それぞれの理由があります。
遺産分割で揉める原因は、財産の多い少ないではありません。家族それぞれの頭の中にある「だろう」が、ズレたまま放っておかれていること——私は、ここがいちばん大きいと思っています。
遺産分割で争えば、財産も、家族も失う
話し合いがこじれて争いになると、何が起こるのでしょうか。正直に言います。争って得をする人は、ほとんどいません。
× 争った場合
- 弁護士費用や不動産の鑑定費用がかかる
- 解決まで、年単位の時間がかかることもある
- 費用の分だけ財産が減り、結果として一人ひとりの取り分も減る
- きょうだい・親族との関係を失う
◎ 話し合えた場合
- 費用も時間も、最小限ですむ
- 親が残した財産を、そのまま次の世代へ渡せる
- 法事やお盆に、これまでどおり集まれる
- 「親の想い」が家族の中に残る
お金を少しでも多く受け取ろうとした結果、財産は減り、きょうだいとの関係まで失ってしまう。それは、親がいちばん望んでいなかった結末のはずです。
仲の良かったきょうだいが、実家の評価額をめぐってすれ違い、調停の末に連絡を取り合わなくなってしまう——そんなよくある構図を、ストーリー仕立てでまとめた記事があります。今回の「だろう」のズレが、どう争いに変わっていくのかがよくわかると思うので、よろしければ合わせて読んでみてください。
関連記事相続で実家をどう分ける?兄妹の話し合いが揉めてしまった話【vol.1】完璧な方法はない。でも、遺産分割で揉める確率は下げられる
ここまで読んで、「では、どうすれば揉めないのか」と思われたかもしれません。
正直にお伝えします。紛争を確実に防げる、完璧な方法は存在しません。遺言を書いても、生前に対策をしても、人の気持ちまでは決められないからです。
ただ、揉めてしまう確率を下げる方法はあります。私が現場で見てきた中で、いちばん効果があると感じているのは、とてもシンプルなことです。
じっくりとコミュニケーションをとること。
「なんだ、そんなことか」と思われるかもしれません。でも、実際にこれができている家族は、驚くほど少ないのです。コミュニケーションのポイントは、7つあります。
📝 事実を、全員がきちんと把握する
一人だけが知っている情報は、それだけで「聞いていない」の火種になります。
⚠️ このまま何もしないと、何が起こるのかを把握する
「何もしない」も、ひとつの選択です。その結果を知らないまま、家族は話し合いを先送りにしてしまいます。
🔍 どんな選択肢があるのかを把握する
選択肢を知らないと、話し合いは「自分の案」と「相手の案」のぶつかり合いになってしまいます。
👂 関係者全員の意見を、全員がきちんと理解する
それぞれの「だろう」が、ここで初めて言葉になります。
🤝 全員の意見が出そろってから、家族全体の意見をまとめる
出しきる前にまとめると、言えなかった気持ちが、あとから不満として残ります。
📅 結論を急がず、時間をかける
急いで出した結論ほど、気持ちがついてこないものです。
👨👩👧👦 話し合いを円滑に進められる役割の人を置く
家族の誰かが仕切ると、どうしても「立場」がついてきてしまいます。
こうして並べてみると、1〜3は「知る」、4〜6は「聴いて、まとめる」、そして7はそれを「支える」役割です。
7つのポイントは、どの家族にも共通しています。ただ、どこから手をつけるか、どんな順番で進めるかは、家族ごとにまったく違います。
きょうだいの人数、親の年齢や健康状態、財産の中身、それぞれの住んでいる場所——同じ「事実を把握する」でも、アパートを持つ大家さんの家と、自宅だけの家とでは、確認することがまるで変わってきます。
「うちの場合は、何から始めればいいのか」。そこを一緒に整理するために、私は毎月セミナーを開いています。
意見を出しきってから、まとめる——そうすると、なぜ家族の気持ちがついてくるのか。その流れを「理解→発散→納得」の3つのステップで整理した記事があります。7つのポイントの4と5を、もう一歩深く知りたい方には、きっと役に立つと思います。
関連記事相続は「制度」ではなく「感情」の問題である7つ目の「進行役」は、家族の中だと難しい
7つのうち、家族だけではいちばん難しいのが、7つ目の進行役です。
親が進行すると、子どもは「親の考えを押しつけられている」と感じやすい。子どもが進行すると、親は「子どもが仕切っている」と身構えてしまう。家族の中の誰かが担うと、どうしても「立場」がついてきてしまうのです。
家族だけで話すと、なぜ当たり前のことができなくなるのか。うまくいく家族会議と失敗する家族会議の違いを、仕事の会議と比べながら整理した記事があります。進行役をどうするか迷っている方には、きっとヒントになると思います。
関連記事うまくいく家族会議vs失敗する家族会議——なぜ、「家だと話せないことも喫茶店なら話せる」のか?親ができること、子どもができること
この7つのポイントは、親が元気なうちにこそ活きてきます。親の想いを、本人の言葉で聞けるからです。
では、親と子、それぞれの立場で、今日からできることは何でしょうか。
親の立場から
- 財産の全体像を、一度紙に書き出してみる
- 「どうしてほしいか」を、子ども全員の前で同じように話す
- 想いを、遺言や手紙など形に残す
子どもの立場から
- 自分の中の「だろう」を書き出してみる
- きょうだいと「親のこと、どう思ってる?」と話してみる
- 親に「どう考えているのか」を聞いてみる
どちらも、いきなり「相続の話をしよう」と構えなくて大丈夫です。まずは、自分の「だろう」に気づくこと。それが、落としどころを探す最初の一歩になります。
「仲良くしなさい」の続き
子どもの頃は、納得しようがしまいが、
親がそばで落としどころをつけてくれた。
相続のとき、その親はもういない。
だから、親が元気なうちに、家族で話しておく。
まとめ——奪い合いはなくならない。だから、話し合っておく
遺産分割で揉める家族は、この20年で約1.7倍に増えました。そして、揉める家族の多くは「まさか、うちが」と思っていた家族です。
子どもの頃から続く奪い合いは、大人になってもなくなりません。親の優しさや遠慮が、争いの種になってしまうこともあります。そして、いちばん危ないのは、家族それぞれの頭の中にある「〜だろう」という思い込みです。
紛争を防ぐ完璧な方法はありません。それでも、関係する全員で、時間をかけてじっくり話し合うことで、揉める確率は確実に下げられます。
落としどころは、親が元気なうちに、家族みんなでつくるもの——私はそう思っています。
宮川からのひとこと
子どもの頃、喧嘩をするたびに「仲良くしなさい」と言われて、内心「だって向こうが……」と思っていたのを覚えています(笑)。
親になった今、あの言葉の重さが少しわかる気がします。子どもたちが争う姿を見たい親なんて、一人もいません。
私の父も、遺産分割で苦労した一人です。あの頃、父の表情がずっと晴れなかったことは、今でも忘れられません。だからこそ、同じ思いをする家族を一人でも減らしたい。それが、私がこの仕事を続けている理由です。
「うちは大丈夫」と思えている今こそ、一度、家族の「だろう」を確かめてみてください。
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