賃貸経営 × 法人化 × 事業として託す相続
でも、人はいつか必ず亡くなり、そのたびに財産は分かれていく。
では、大家業そのものを「亡くならない形」で残せたらどうでしょう?——
シリーズ「相続と相性が良いもの」、最終回の第4回は賃貸経営の法人化です。
今日は、個人と法人の違いから、法人化の進め方と注意点までお話しします。
シリーズ最終回——賃貸経営の法人化で、大家業そのものを次の世代へ
このシリーズでは、相続の相談を受ける中で「相続と組み合わせると力を発揮する」と感じてきたものを、4つご紹介してきました。
「分けにくい」「納税資金がない」に効く。
親が判断できなくなったときに備える。
現金・不動産とは違う、もう一つの残し方。
大家業を、次の世代へ渡す仕組み。今回のテーマです。
生命保険、家族信託、金。ここまでの3つは、どれも「財産をどう守り、どう渡すか」の道具でした。最終回の法人化は少し違います。渡すのは財産ではなく、大家業という「事業」そのものです。
これまでの3回をまだ読んでいない方は、こちらから順に読んでいただけると、最終回の話がよりつながって見えると思います。
関連記事 第1回【相続と相性が良いもの①】生命保険——親の保険、あなたは把握していますか? 関連記事 第2回【相続と相性が良いもの②】家族信託——親が認知症になったら、アパートはどうなる? 関連記事 第3回【相続と相性が良いもの③】金(ゴールド)——現金でも不動産でもない、もう一つの残し方『金持ち父さん 貧乏父さん』から始まった不動産投資——私が27歳で法人を持った理由
2000年代のはじめ、日本でもロバート・キヨサキの『金持ち父さん 貧乏父さん』が大きな話題になりました。この本をきっかけに、「不動産投資」という言葉が一気に広まったように思います。
私もその影響を受けた一人です。
27歳で賃貸管理会社に就職したのと同時に、不動産を所有するための会社をつくり、収益物件を持ち始めました。
本から学んだのは、給料として入るお金と、事業として入るお金では、動き方がまったく違うということでした。家賃収入から経費を払い、手元に自由に使えるお金(フリーキャッシュ)を残していく。その考え方は、今でも私の土台になっています。
当時、法人をつくる大家さんの多くは、物件は個人で持ったまま、法人が管理を請け負って管理料を受け取る「管理会社」の形をとっていました。
でも私は、法人が物件そのものを持つ「保有会社」にしました。家賃が法人に入ったほうがメリットがあると考えたからです。この視点は、きっとあの本を読んでいたからだと思います。
法人で物件を持ってきて、良かったと感じたこと、手間がかかったことの両方があります。
◎ 良かったこと
- 手元に残るお金(フリーキャッシュ)を、自由度高く使えた
- 事業を運営するための費用を、経費にできた
- 賃貸事業者としての信用が積み重なり、金融機関から借入がしやすくなった
- そのおかげで、収益不動産を買い増しやすくなった
- 賃貸業以外のビジネスにも挑戦できた
- 事業を運営する中で、さまざまな経験と知識が得られた
△ 手間がかかったこと
- 決算や帳簿など、法人を運営する実務
- 収益不動産の名義を変える手続きと、その費用
- 住所変更など、各種の行政手続き
楽なことばかりではありません。それでも私は、大家業を「事業」として続けていくなら、法人という形はとても相性が良いと思っています。
個人の大家さんか、法人の大家さんか——相続で何が違うのか
同じアパートを持っていても、個人の名義で持つか、法人の名義で持つかで、相続のときの姿は大きく変わります。
| 個人の大家さん(個人事業主) | 法人の大家さん | |
|---|---|---|
| 税金 | 家賃収入が増えるほど、所得税の税率が上がっていく | 一定以上の収入になると、法人のほうが税制面のメリットが大きくなりやすい |
| 相続のとき | アパートや土地そのものを分けることになり、財産がバラバラになりやすい | 渡すのは会社の株式。物件は会社に残ったまま |
| 寿命 | 持ち主は、いつか必ず亡くなる | 事業が続く限り、会社は亡くならない |
| 手間と費用 | 確定申告が中心で、比較的シンプル | 決算・税務申告・登記など、運営にそれなりの手間と費用がかかる |
※税制面の有利不利は、収入の規模や経費、家族構成によって変わります。税務の詳細は税理士にご確認ください。
いちばん大きな違いは、「寿命」です。
でも、法人は事業があれば亡くならない。
個人の大家さんが亡くなると、そのたびに相続が起き、物件は相続人の間で分けられていきます。2代、3代と続くうちに、物件は細かく分かれ、いつの間にか事業として成り立たなくなる——不動産の仕事に携わって23年。相続診断士として相続のご相談を受ける中でも、そんな姿を何度も見てきました。
よくあるパターン——2代あとの姿を比べてみると
× 個人のまま2代続いた
- 1代目の相続で、アパート2棟をきょうだい3人で分け、一部は共有名義に
- 共有のアパートは、修繕や建替えのたびに全員の同意が必要
- 2代目の相続で、さらに孫世代に分かれ、持ち主が増えていく
- 話がまとまらず、最後は売却するしかなくなる
◎ 法人にして株式で引き継いだ
- アパートは会社が持ち、親は会社の株式を持つ
- 相続で渡すのは株式。物件は一つの会社に残ったまま
- 経営する人が決まっているので、修繕や建替えの判断が止まらない
- 2代目、3代目と、事業として続いていく
不動産を「分ける」のではなく、「箱(法人)」に入れて渡すという考え方は、以前に一本の記事にまとめています。共有名義がなぜ家族の火種になるのかを詳しく書いているので、合わせて読んでみてください。
関連記事不動産を「分ける」のではなく「箱」で遺す——次世代の絆を壊さないための、大家さんの最終決断マイクロ法人と「一人に一法人」という考え方
法人化というと、大きな会社をつくるようなイメージを持たれるかもしれません。でも、大家さんの法人化は、もっと小さく始められます。
社長一人、または家族だけで運営する小さな会社——いわゆる「マイクロ法人」です。物件を持ち、家賃を受け取り、経費を払う。大家業を営むための器として、それで十分なのです。
「資産管理会社」と「資産保有会社」は違う
大家さんの法人は、よく「資産管理会社」と呼ばれます。ただ、正確には、物件を持つ会社は「資産保有会社」です。この2つは、似ているようで中身がまったく違います。
資産管理会社
- 物件は、個人が持ったまま
- 法人は、個人の物件を管理して管理料を受け取る
- 家賃は個人に入り、法人に移るのは管理料の分だけ
- 相続のときに分けるのは、個人名義の物件のまま
資産保有会社
- 物件そのものを、法人が持つ
- 家賃は、すべて法人に入る
- 物件は法人に残り、相続で渡すのは株式
- この記事でお伝えしている「法人化」は、こちらの形
管理会社の形は、物件の名義を変えずに始められる手軽さがあります。一方で、相続のときに物件が個人に残る点は変わりません。大家業を事業として次の世代へ渡すことを考えるなら、私は保有会社の形をおすすめしています。
※どちらの形が合うかは、物件の状況や収入の規模によって変わります。税務の詳細は税理士にご確認ください。
理想は「きょうだい一人に、一つの法人」
私が理想だと考えているのは、きょうだい一人ひとりが、それぞれ自分の法人を持つ形です。
株式をきょうだいで分けると、会社の中で「共有」と同じ問題が起きることがあります。経営方針が合わないと、判断が止まってしまいます。
それぞれが自分の会社で、自分の判断で物件を経営できます。きょうだいの関係と、事業の判断を切り分けられます。
もちろん、家族の状況や物件の数によって、最適な形は変わります。一つの法人から始めて、子どもたちの成長や状況に合わせて分けていく。そうやって、家族に合わせて組織をつくっていけばいいと私は思っています。
法人化のデメリット——個人名義から法人名義へ、手間と費用の現実
法人化には、手間と費用がかかります。ここは正直にお伝えしておきたいところです。
すでに個人で持っているアパートを法人に移す場合、一般的には、個人から法人へ「売る」形をとります。そのときには、次のような税金や費用がかかります。
買ったときより高く売れれば、その利益に譲渡所得税(所得税・住民税)がかかります。課税事業者なら、建物分の消費税も。
不動産を取得したときの不動産取得税と、名義を変える登記の登録免許税がかかります。
司法書士・税理士への報酬、契約書の印紙税、住所変更などの各種手続きが必要です。
※時価より極端に安い価格で売ると、時価で売ったものとみなされて課税されることがあります。税務の詳細は税理士にご確認ください。
土地は個人に残す、という選択肢
理想は、土地も建物も法人の名義にすることです。ただ、土地まで移すと税金や費用が大きくなることも多いため、状況によっては土地は個人のまま、建物だけを法人に移すという方法をとります。
※土地と建物の名義を分ける場合は、地代の設定などで税務上の注意点があります。税務の詳細は税理士にご確認ください。
「シンプルな株式」にしておくと、相続対策がしやすくなる
法人化の大きな意味の一つは、相続のときに渡す財産を「シンプル」にできることです。
× 個人名義のまま
- 土地・建物ごとに名義と評価がバラバラ
- 共有名義や、先代の名義が残ったままのことも
- 誰に何を渡すか、物件ごとに話し合いが必要
◎ 法人にしておく
- 渡すのは、会社の株式(未公開株式)
- 株式の数で分けられるので、話がシンプルになる
- 生前に少しずつ株式を渡すなど、計画が立てやすい
複雑な名義のまま次の世代に渡すと、相続のたびにその複雑さが増していきます。名義を整理し、シンプルな未公開株式の評価にしておくことで、相続対策はぐっと進めやすくなる——私はそう感じています。
※未公開株式の評価方法や、株式の生前贈与にかかる税金については、税理士にご確認ください。
魚を与えるな、釣り方を教えよ——物件ではなく「経営」を渡す
ここまで法人化の仕組みをお話ししてきましたが、最後にいちばん大切なことをお伝えします。
意味がない。
法人をつくって株式を渡しても、受け取った子どもが経営の仕方を知らなければ、事業は続きません。入居者さんにどう満足してもらうか、修繕をどう判断するか、お金をどう回すか。渡すべきなのは、収益不動産を活用した「事業の運営方法」です。
私自身、法人を運営してきたことで、さまざまな経験と知識を得ることができました。法人という器は、次の世代が経営者として育つ場にもなるのです。
大家業を「継がせる」のではなく「育てる」という考え方については、以前に一本の記事にまとめています。子どもに何を、どう教えればいいのか、具体的な一歩まで書いているので、合わせて読んでいただけたらうれしいです。
関連記事魚を与えるな、魚の釣り方を教えよ——大家業を「継がせる」のではなく「育てる」という発想シリーズを終えて——4つをどう組み合わせるか
全4回でご紹介してきた「相続と相性が良いもの」。それぞれの役割を、改めて並べてみます。
| 効くこと | 使う時期 | |
|---|---|---|
| 🛡️ 生命保険 | 分けにくさの解消、納税資金、確実に届ける | 親が亡くなったあとに力を発揮 |
| 🤝 家族信託 | 判断能力が落ちても、賃貸経営を止めない | 親が生きているうちの「もしも」に備える |
| 🪙 金(ゴールド) | インフレ・円安から財産の価値を守る | 時間をかけて、次の世代へ |
| 🏢 法人化 | 大家業を、亡くならない形で続ける | 何代先までも |
4つは、どれか一つを選ぶものではありません。家族の状況に合わせて、組み合わせて使うものです。そして、何をどの順番で使うかを決めるには、家族と財産の「全体」を見渡すことが欠かせません。
個別の対策を積み上げるのではなく、全体を設計してから進めることの大切さは、以前に実際の事例を交えて書いています。今回の4つをどう組み合わせるかを考えるうえで、出発点になる記事です。
関連記事相続対策は「やり方」より「全体設計」が重要な理由——節税のつもりが、逆効果になっていたケース法人化が教えてくれること
人から人へ、物件を渡すのではなく、
事業という形で、想いを渡していく。
器があれば、想いは何代先まででも続いていく。
まとめ——法人化は、大家業を「亡くならない形」で託す仕組み
個人の大家さんは、いつか必ず相続を迎え、そのたびに財産は分かれていきます。法人にしておけば、物件は会社に残り、渡すのはシンプルな株式になります。
マイクロ法人を活用し、理想はきょうだい一人に一つの法人。状況によっては土地を個人に残す方法もあります。手間と費用はかかりますが、そのぶん事業として続けていく道が開けます。
そして何より大切なのは、物件と一緒に「経営の仕方」を渡すことです。
法人化は、大家業という事業と、そこに込めた想いを、何代先までも託すための仕組みです。
宮川からのひとこと
27歳で法人をつくったときは、正直、相続のことまでは考えていませんでした。ただ「家賃収入で、自由に使えるお金を残したい」という一心でした(笑)。
でも今、相続の仕事をしていて思います。あのとき法人という器をつくっておいたことが、自分の家族にとっても、いちばんの相続対策になっているのかもしれない、と。
全4回、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。生命保険、家族信託、金、法人化——どれも、親が元気なうちにしか整えられないものばかりです。
「うちの場合はどうなんだろう?」と思ったら、それが動き出すタイミングです。気軽に声をかけてみてください。
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